江戸幕府大老・井伊直弼(なおすけ)が水戸、薩摩の浪士に暗殺された安政7年(1860年)3月3日の「桜田門外の変」。襲撃した18人の1人、海後宗親(海後磋磯之介=かいごさきのすけ)の訃報が明治36年5月20日の読売新聞朝刊に出ています。わずか3行の短い記事ですが、幕末の歴史的事件の当事者が明治36年まで生きながらえていたことに驚かされます。襲撃者18人のうち明治まで生き延びたのは海後を含め2人だけだそうです。海後磋磯之介は維新後、警視庁などに勤め、吉川英治が磋磯之介をモデルに「旗岡巡査」という小説を書いています。「桜田門外の変 海後宗親」でキーワード検索を。(は)