虫めがね

「戦後80年・戦時版よみうりリリース」

 終戦から80年の節目を迎え、昭和のはじまりから100年でもある今年。
 ヨミダスでは、読売新聞社が戦時中に発行していた「戦時版よみうり」を新たにオプションコンテンツとしてリリースしました。今回は、戦時版よみうりの内容を紹介しながら、先の大戦の中を生きた人々の姿に思いをはせたいと思います。

★「戦時版よみうり」とは 

 太平洋戦争末期の1944年(昭和19年)、新聞用紙の生産力低下に伴って読売新聞本紙は夕刊廃止やページ数削減を余儀なくされました。こうした状況下で用紙節約を兼ね、勤労動員された「産業戦士」向けに本紙とは別にタブロイド判(新聞紙の約半分サイズ)で発刊されたのが「戦時版よみうり」です。
 創刊号は同年3月1日。「創刊のことば」では「戦争の様子はいよいよ重大となって来た、(中略)国民の覚悟を固めるために、新聞の受け持つ役割が今日ほど重大な時はないと思う」と述べ、新聞紙の型を小さくして狭い場所でも読みやすく情報を一覧できる「いわば新聞の決戦型」として、「工場、鉱山、農山漁村で一寸の休む暇なく働きつづけ『新聞を読む暇もない』生産戦士などには、うってつけの新聞であると思う」と創刊の趣旨を表明しています。

★本紙との比較

 創刊日1944年3月1日の紙面を例に、「戦時版よみうり」と読売新聞本紙(当時は報知新聞との合併により「読売報知」の題字でした)の紙面を見比べてみます。
 本紙では1面にビルマ(現ミャンマー)前線戦況についての大本営発表が大きく掲載され、以下、この年に国家総動員の実現のため定められた「決戦非常措置要綱」の解説や、輸送力増強への提言など、論説や戦況の詳報が中心となっています。
 一方、同日の「戦時版よみうり」では、本紙で2面に掲載されていた陸軍論功行賞の名簿を1面トップに掲載し、続いて農村や工場で催される陸軍記念日の行事の紹介など、より一般の人々の暮らしに身近な内容を中心とした紙面となっています。

★娯楽や生活情報

 「戦時版よみうり」の2面以降には、投稿欄[読者の声]のほか、[詰将棋][詰碁]の出題、映画紹介コーナーなど娯楽要素も豊富に掲載されています。現在の読売新聞でいう「USO放送」のような、風刺やとんちを利かせた短文の読者投稿欄[休憩鈴]や、落語、なぞなぞコーナーなども。

 「兵站線」 「パルチザン」のような軍事用語などをわかりやすく解説する[豆字引]や、生産の現場で役に立つ機械工作の工夫を教える[創意の教室]など、戦時下特有のお役立ち情報欄も設けられました。

 地方欄[わが街(町)わが村]では各県ごとに生活情報や増産の工夫、疎開先としての動静を報じました。岩手では学校給食に赤蛙を使用、福島では大仏が軍需物資用に供出され、栃木では詩人や文人ら疎開してきた有名人でにぎわっている様子など、地方の実情が事細かに伝わってくる貴重な資料です。

★銃後の女性

 国家総動員体制下では、徴兵される男性に代わって女性が労働力の担い手となり、1944年8月には<「女子挺身勤労令」きょう公布 勧奨から命令へ 応じないと罰>と制度化されました。[銃後の春姿]や[女の第一線 私の指導日記から]などのコーナーで、女性たちの訓練や生産現場での真に迫る姿を追うことができます。
 <[戦う郷土]大阪 一度にどっと五千 見てくれ「いとはん」の戦う姿>(1944年3月1日)では大阪市バスの運転手を務める女性が、<現われた20娘の工場長 お父さん説き伏せてみごと達成>(同3月7日)では製図や旋盤加工の技術を学び家業の工場を指揮する女性が紹介されており、銃後の女性たちを読者として想定した話題も数多く掲載されています。

★幻の「のらくろ」

 「戦時版よみうり」には数々の連載も掲載されており、その一部をご紹介します。

 まず、戦前からの人気漫画である「のらくろ」シリーズ(作者・田河水泡=戦時版よみうりでは「水包」の表記)が4コマ漫画として創刊号から約8か月間掲載されていました。これは専門家や関係者にも存在が知られていなかった「幻の連載」といえる作品で、本年6月26日朝刊の特集紙面[戦後80年 昭和百年]<「戦時版よみうり」全容確認 「のらくろ」幻の連載も><記事も漫画も「決戦型」 戦時版よみうり>で大きく取り上げられました。

[のらくろ][のらくろ訓練生][のらくろ先生][のらくろ社会見学]というタイトルで、のらくろが外地より帰還し、訓練所で勤労訓練を受けたり、指導員になったりという銃後の日常から、召集令状が届いて出陣するところまでが描かれています。

 他にも、作家・サトウハチローが自ら中島飛行機や大映撮影所など生産の現場を取材しユーモアを交えて職場を紹介するルポ[職場進軍記]や、ミステリー作家・小栗虫太郎の少年科学冒険小説[成層圏魔城]を連載。変わったところでは、天文研究者・野尻抱影が産業戦士の目の保養に夜空の星を眺めてもらおうと星座や星雲を紹介した[夜空を仰いで]など、多岐にわたるテーマで独自性の高い紙面を構成しています。

★米最新兵器情報も

 1944年4月14日<[きょうの話題]敵米英の飛行機を探る 米戦闘機は8種 まず覚えようその種類>では、米・英両空軍の飛行機について、「ダグラス」や「コンソリデーテッド」などの製造会社や、B=爆撃機、A=攻撃機などの記号で表される飛行機の種類や命名規則についても詳しく写真付きで解説しており、国民一人一人が相手国の兵器について把握することで戦況に資するという狙いがあったようです。当時最新鋭の飛行機として登場したばかりのボーイング社B-29爆撃機にも言及しており、その愛称「超空の要塞」とともに、航続距離の長さや成層圏飛行にも耐えうる性能について詳述しています。
 翌年の1945年(昭和20年)1月22日<来れり新兵器時代 その革新を衝く▽原子爆弾や殺人光線 将来への大課題>では、将来的に投入が予測される兵器として原子爆弾やロケット兵器などにも言及されており、一般国民が兵器開発についても、意外に深い情報を入手していたことが分かります。

★1945年3月に廃刊

 1945年2月には硫黄島に米軍が上陸(2月22日<硫黄島に敵上陸 19日朝から わが軍邀撃激戦中>)。3月には沖縄県の慶良間諸島にも上陸し、沖縄戦が始まりました(3月28日<敵・慶良間列島(南西諸島)に上陸 所在部隊、荒鷲猛攻>)。
 「戦時版よみうり」も戦況の悪化に伴い、政府の決定した「新聞非常態勢の暫定措置」により、1945年3月31日をもって廃刊することとなりました(3月26日<さようなら 戦時版・今月限りで廃刊>)。

 廃刊の日、コラム<[旋盤]戦時版よみうり終刊の辞>は「いま戦時版はここに歴史的な解消を遂げるが、その使命は決して終わったのではない」「戦いはこれからである、戦い抜こう、勝利の日まで」と結ばれています。

 その後、1945年8月の敗戦へ向かうこととなった日本。敗戦間際のこの国の人々がどのような日常を経験していたのかを浮かび上がらせる資料を、ぜひ、この戦後80年の折にご覧ください。(真)