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「カラヤン没後30年」

 今年はヘルベルト・フォン・カラヤン(1908~89)の没後30年に当たります。カラヤンといえば、「楽壇の帝王」と呼ばれ、自家用ジェットを操縦したり、CDやビデオなどの新しいメディアへの関心が強かったことが印象に残りますが、実際はどんな人物だったのでしょうか。読売新聞の記事に描かれたカラヤン像をたどってみたいと思います。
 「カラヤン」で横断検索してみると「明治・大正・昭和」で400件以上、「平成・令和」で700件以上と、クラシックの演奏家としては異例の数がヒットします。
 まずは帝王の意外な顔から。カラヤンの秘書役などを務め、「素顔のカラヤン」という本を出版した真鍋圭子さんによると、ある日、カラヤンに荷造りを手伝ってほしいと言われ、ホテルの部屋に行くと、すべての衣類がきちんと分類されて畳まれ、床一面に並べられていたそうです。真鍋さんは「とにかく規律正しく忍耐強い。でも『帝王』という印象はなかった。口べただったので誤解されているんです」と語っています(「著者来店 『素顔のカラヤン』の眞鍋圭子さん 間近に見た巨匠の記憶」2009年8月9日朝刊)。
 カラヤンの大きな功績の一つは、多くの才能あふれる音楽家を育てたことでした。日本で行われた「カラヤン・コンクール・ジャパン」で、本選に残った3人が全員見事な指揮ぶりを見せたため、突然「きょうの3人は、すばらしかった。3人とも私の弟子として勉強を続けることができる。ベルリン・フィルの練習にも出席できるし、いろいろな意味で私が指導する」と言いだし、関係者を大喜びさせたそうです(「タクトの感激 カラヤン・コンクール・ジャパン 予選通過トリオ みんなわたしの弟子に」1977年11月14日夕刊)。
 なるほど、こういう記事を読むと、エリエッテ夫人が「主人は若い才能を見いだしたとき、本当に幸せそうな顔をしたものです」と、言うのがよくわかります(「顔 夫の遺志実現のため来日した エリエッテ・フォン・カラヤンさん」89年11月21日朝刊)。(も)

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