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虫めがね

「我慢の日々」

 megane_illust001緊急事態宣言の解除後も、感染防止徹底の「新しい生活様式」を模索する、我慢の日々が続いています。コロナ禍の拡大から既に半年。出口の見えない我慢は実につらいものですね。しかし、世の中に我慢の種は尽きず、コロナ前だって、みんな何かしら我慢していたはず。ヨミダス歴史館で見られる読売新聞記事から、我慢の種を色々と探してみましょう。
 まずは平成・令和を指定し、全文検索「コロナ AND 我慢」で一覧した見出しの中から。
・2月27日朝刊「列島 我慢の2週間」
・3月14日夕刊「桜の宴 我慢の春」
・4月8日夕刊「緊急事態宣言 我慢の1か月 開始」
・5月5日朝刊「あと1か月も 落胆 緊急事態延長」
 我慢の日々、と言えば戦時中は今以上だったでしょう。
・1942年10月21日朝刊「幼児の待避訓練 防空壕の中でじっと我慢」
・1943年3月30日夕刊「尊し戦う農村 自分達は芋で我慢」
・1943年6月10日朝刊「扇風機、暖房も前線偲んで我慢」
・1944年7月13日朝刊「少年工の誓い お盆にも帰らぬぞ サイパン想って我慢」
 前線も内地も我慢一色だったことが、ひしひしと伝わってきます。
 空腹を耐え忍んだ戦時中から時は流れ、2006年12月2日夕刊「メタボ2副大臣、ダイエット日記を厚労省HP公開」では、健康行政を担う厚生労働省の当時の副大臣2人が腹囲100センチ超え。「立場上、これではまずいだろう」と、腹囲95.5センチを“公約”に半年間のダイエットに挑戦し、結果は2007年6月5日朝刊「メタボ副大臣『公約』明暗」の通り成否が分かれました。目標達成の副大臣はさっそく佐賀市で開かれた生活習慣病対策講座の講師を務めたそうです(6月15日佐賀面「メタボ退治のコツを伝授」)。(む)

 

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